母学トーク 子どもの〈自己形成を育む〉保育 3

子どもの〈自己形成を育む〉保育

講演
大戸美也子
(東京女子医科大学名誉教授)

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このような会話をひとしきり済ませると、恐竜の歯の化石を子どもたちに示して実際の大きさを確かめます。恐竜の展示室で実物を見ながら、子どもたちは自由に感想を述べ、専門保育者は子どもの質問に応えつつ新たな教材を提示して、「気付きの世界」を広げていくのです。こうした活動を30分ほど展開した後、展示室の隣のワー クショップ室へ移り、子どもたちは今見てきた恐竜の化石について本で確かめたり、鋭い歯を絵に描くなどして、「体験を心に刻む」活動に入ります。

次の事例は、美術館でのフィールドワークの事例です。この美術館はフランクフルトの一番の古い広場に面した所にあるドイツを代表する美術館の一つです。このとき、「女性の印象派の画家」の特集をしていました。印象派の画家といえばピサロとかモネ、マネの名前が出てきますが、女性の印象派の画家もいたのですね。私も知りませんでした。彼らの絵をみて、庭の草花にあたる光や窓越しにカーテンを通して部屋へ入っている光、あるいは寝ている子どものほっぺに当たる光を描くなど、女性印象画家の画風のあることが分かってきました。そのような絵は子どもたちにも分かりやすいもので、ここでも絵に詳しい専門保育者が絵の説明します。そして絵を見終わると、ワークショップルームに移動して、子どもたちは実際に点描画を描いてみるのです。印象派の画家の描く手法を実際に体験するわけです。

次は映画史博物館の事例です。フランクフルト市を南北に横切って流れるマイン河に向かって立つこの博物館では、ちょうど日本のアニメの特別展が開かれており、入り口に大きな「トトロのぬいぐるみ」が飾ってあってありました。人々は、昔から動く映像に関心があり、いろいろな機械を開発してきたのですが、その機械というか道具を子どもたちは見て回るのです。何十個 もある機械を見たり、実際に操作した後、ここでも最後にワークショップの部屋にやってきて、実際に動く絵を自分で作る作業を始めます。メモ帳くらいの大きさの画 用紙に、自動車とか犬とか動くものの絵を裏・表に描きます。そしてその画用紙の両端に穴を明けゴムを通して、ぐるぐるぐるっとゴムを廻してから手を放すと画用紙が自然に廻り、絵が動きだすのです。あーっという体験をするわけです。

最後に植物園で行なわれた音楽会の例を紹介します。 ドイツでは、幼稚園・保育園・学童が同じ考え方で活動していますが、この事例は学童の子どもたちの活動例です。彼らは放課後いろいろな楽器のレッスンを受けており、その発表会の模様です。

近所の植物園の温室を借り、床にマットを敷いてご父兄やら兄弟の他に、地域の子どもたちも加わって普段着でそれぞれ練習してきた楽器の演奏を披露するのです が、演奏者と観客の対話の多いのが特徴です。司会をする先生は、演奏が終わると「今の曲、知っている?」とか「この楽器、知ってますか?」というように、参加者に声掛けを繰り返します。参加している子どもたちも大人も「はーい」と手を挙げて応えます。演奏している子どもたちは、聞きに来ている人たちの感想を直に聞き、このような箇所で感動するのか、という声を心に刻みながら次の演奏を続けるのです。単なる発表会とは異なる音楽会でした。

フランクフルト市学務局では、市の様々なタイプの施設を活用した各種のプログラムを開発し、また同時に専門知識と子どもたちをつなぐ「専門保育者」の養成も実施している所に、大きな特色があります。「専門保育者」の養成はさほど難しいものではありませんでした。保育者が、自分の関心に合わせて4日間ほど「恐竜」あるい は「絵画」等の研修を受け、その上で年間5〜6回、子どもたちの活動に奉仕すれば、専門保育者の資格が与えられるとのことです。小さなマイスターと言っていいでしょう。それともう一つ、お気付きと思いますが、どの活動についても「フィードバック」をきちんとしていることです。これは体験したことを心に刻み、それを次の活動のステップにできるという発送により大切に実施されています。たとえば、一つの体験を心に刻んでおけば 、 その体験を知らない友だちや家族に自分の言葉で伝えることができ、また自分の体験を整理することもできま す。ドイツらしい着実な方法を採用しており、やりっ放しではないのです。

幼稚園、保育園そして学童までの子どもたちの生活の場で、教育と保育とは違うもう一つの大切な活動 「自己 形成(Bildung)」を加えて、日々努力しているドイツか ら学ぶことは大きいのではないでしょうか。以上紹介した「自己形成」の方法は、どちらかと云えば都市型の展 開例と云えます。最初に紹介した富山の保育者は、土地の四季折々の収穫物を通して子どもたちに直接経験の機 会を用意していましたが、このような経験の積み重ねをきちんと子どもたちの心に残るような工夫を加えるなら、富山に於いてもフランクフルト市に負けない『自己形成の保育』を展開できるのではないか、と私は思いました。土地の特色を踏まえた 「自己形成の保育」をどうぞ皆さんの手で開発して頂きたいものと念じて、お話を終わりといたします。