赤ちゃんの心と出会う2

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赤ちゃんの心と出会う〜新生児科医が伝える“あたたかい心”の育て方〜

講演
仁志田博司
(東京女子医科大学名誉教授)

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今から25年前、僕がたまたまシルクロードを走りたいと言ったことがきっかけで、シルクロードを走りながら葛西健蔵氏の「あたたかい心」を日本から世界に発信するプロジェクトが始まりました。

実は5年間シルクロードを旅して、あちこちで、走りながら、講演しました。その講演の内容が今話したような子供にあたたかい心を育む育児がいかに素晴らしいかということでした。その時に着ていたジャケットに、手塚プロのキャラクターに囲まれた私の似顔絵とPeace Run for the Happiness of the children(子供の幸せのための平和のランニング)そして Nurturing Warm- Heartedness(あたたかい心を育む)と書かれていますが、それはまさに、あたたかい心を育むことが子供の幸せに つながる、というメッセージです。

このスライドは、こどもに優しさやあたたかい心がいかに大切かを示しています。今から二百数十年前にドイツにフリードリッヒ大王というのがいて、その王様は聖書にある「始めに言葉ありき」という有名な言葉から「赤ちゃんがどうやって言葉を覚えるのか」に興味を持って、ある実験をしました。その当時は捨て子がたくさん いましたので、あかちゃんを2つのグループに分けて、両方ともにあたたかい家、あたたかい着物、あたたかい 食べ物を与えましたが、ひとつのグループの子供を見る 保母さんたちに「絶対言葉を掛けてはいけない」と命令 するんですね。可愛い赤ちゃんに絶対に言葉をかけない というのは、保母さんにとっては地獄のようなんです。ですから、人間と思って扱うことはできないから、物のように扱うんですね。3年後にどうなったと思いますか。当然のことながら、言葉を掛けられない子供たちは、言 葉を覚えなかったですね。それだけじゃないです。2歳までにみんな亡くなったんです。ですから、あたたかい家があって、あたたかい布団があって、あたたかい食べ物があっても、あたたかい心を与えられないと、子供は死んじゃうんです。生きられないんです。これはもう歴史上の事実なんですね。ということで、いかにあたたかい心が大切か、が分かるともいます。

ところが、内藤先生と手塚さんと葛西さんが一生懸命に子供にあったかい心を育む仕事をされてきたんですけれども、ノーベル賞をもらったマザー・テレサが30年ほど前に日本に来たときに、豊かさの中で、日本の子供は一番不幸だとおっしゃられたんです。子供の専門家として、本当に何か頭を石で殴られた思いでした。

マザー・テレサは、インドとかものすごく貧しい所にいて、裸足で食べ物がないような子供たちが、目がきらきら光っている。そして、話をすると常に、喜んで、一緒に遊ぶ。だけど、日本の子供は、なんか目が光っていない。そのところで、日本の子供は幸せじゃないとおっしゃったんですね。

なぜでしょうか。それは、多分、これは話していると 思うんですけれども、日本の子供は今の環境の中で、今 僕が話しましたような前頭前野の機能であたたかい心を 育むという環境がだんだんなくなってきたからです。そ れを、なんとかもう一回、戻さないといけない。きょう、この講演が始まる前は、素晴らしい音楽と光に囲まれて 子宮の中にいるような感覚でしたね。ああいう環境の中 に入れば、赤ちゃんだけでなくはみんな「あたたかい心」を持っようになると思うのですが。

実は、我々の祖先というのは、もともと赤ちゃんと同 じぐらいの能力でしたが、それが200万年とか言います けれどもだんだん進化してゆきました。人間は他の動物 よりもこんなに繁栄したキーワードが、「あたたかい」 心を持つようになったのです。それはどういうことかを説明しましょう。

人間を他の動物と比べてみると、木登りにしても駆けっこにしても、一番弱いでしょう。ちょっと寒い所に行くと、凍死するとかね。

そうすると、人間というのは弱いから、みんなで一緒 に生きなきゃいけないですね。一緒に生きるといっても 動物も一緒に生きていますね、でも動物が一緒に生きて いるのは、餌(食べ物)を得るため、敵から身を守るため、 セックスして子孫を残すため、です。ところが、今ここ に皆さんが集まっているのは、そんな餌を得る(金儲け する)ため、暴力団などから身を守るため、子孫を残す ためのパートナーを得るため、じゃないですよね。そん な功利的な理由でじゃなくて、ここにいると何かほんわ かした気持ちになって、あたたかい心になるから一緒に いるわけですね。そういう心を持っている人じゃないと、 本当の共生、共に生きることはできないわけです。その ように人間は一緒にいることが素晴らしいと感じる心を 本能として勝ち得たんです。ですから何百年万前の人類 の歴史の進化の過程で、人間の赤ちゃんにはそのような 共に生きる心と呼ばれる高次脳機能が、前頭前野のある 場所にできたのです。実はそこを壊してしまうと、他人 の心が分からない動物のレベルになってしまうんですね。

そうことで、赤ちゃんは私たちの祖先が培った最も素晴らしい「共に生きるあたたかい心」を持って生まれるんです。それを育むことが、その子の幸せですね。それを、例えばゲームばかりして育まないと駄目になってしまうのです。

冒険家の関野吉晴さんの『グレート・ジャーニー』とは、 私たちの祖先が生まれたエチオピアから拡散していった一番遠い所(南米フェゴ島)までの5万何千キロの人類 の足跡を、10年間掛けてたどった旅のことです。関野吉晴さんは、人力で旅をするんで犬ぞりに乗る必要があり、犬ぞりの勉強しに2~3カ月間アラスカに行ったんです。

アラスカというのは、ものすごく厳しい自然ですよね。それはシロクマがいるからじゃなくて、本当に突然ブリ ザードが吹き、更にホワイトアウトという一瞬の間に目 の前が見えなくなるような気候の変化が起こるんですね。 地元のイヌイットも、そういうホワイトアウトのような 状況になると、道に迷って、自分の家から数百メーター 離れた所で遭難するんですよ。こんな恐ろしい所でこの イヌイットの人たちが何を一番大切にして生きているの かと尋ねたら、鉄砲とか弓とか犬ぞりじゃなくて共に生 きることだ、と答えたんです。そのことは、関野吉晴さ んと知り合って僕の学会で講演してもらったときに、話 してくれました。彼とは「あたたかい心」なんて話していなかったので、僕はものすごく良い意味でショックを 受けて、喜びました。それが何を意味するかと言うと、イヌイットの人たちは、テレビとか本とかインターネッ トで学んだのではないんです。もうずっとずっと昔から、 先祖から与えられた人類の智恵として、一番大切なのは「共に生きる心」だということを、頭の中にすり込んだ ということが、これで分かったからなんです。

そういうことで「共に生きる心」とは、思いやり、す なわち「あたたかい心」なんですね。生命倫理というの が僕の専門なんですけれども、倫理の「倫」というのは「仲 間」の意味なんですけれども、まさにそれは「共に生き る心」に通じます。

あと少しだけ。この胎児の姿は、僕は今75歳ですが、75年前の僕なんです。勿論冗談ですけれども、頭のツ ルツルの具合がそっくりでしょう。でも、もともとは 私も胎児だったんですね。胎児もおなかの中で成長して 大きくなっていきます。

皆さん、胎児というのは、何も分からないと思うでしょう。実は、僕も50年前に医学を習ったときに、胎児と いうのは昏睡状態と同じで何も分からない、と教えられ たんです。ところが今は超音波などで胎児のことを研究 すると、おなかの中の赤ちゃんは僕らが持っている能力 の9割をもう既に持っていることが分かったのです。それは、ただまだその能力を発揮できないだけです。赤ちゃ んは赤ちゃんなりに私たちに反応しており、それから夢 を見たりなんかしていると思うんですよ。だから、お母さんが変な声を出したりすると、嫌な音だと思っているのかもしれないですね。

これは、その赤ちゃんがたどる産道なんですね。レントゲンで見えるのはお母さんの骨盤の骨ですね。産道は10センチで胎児はそこを通ってくるのです。

すると胎児は新生児になるにです。写真の赤ちゃんは超未熟児で420グラムの子なんです。側に見えるのが僕 の手なんで、赤ちゃんがとても小さいことがわかりますね。

その超未熟児の子が写真のように、こんなにかわいい子になるんです。お母さんも美人ですけれども、この子もかわいいでしょう。ですから、こんなに小さい胎芽と胎児と超未熟児の子も、新生児から乳児、さらに子供から大人へと成長していくので、みんなとつながっているんです。私たちは全部がつながっているんですね。

ですから、私も皆さん方も、伊東先生のような偉い人 でも、昔は弱い胎児さらに赤ちゃんだったんですね。そ れが成長して成人になっていく。さらに僕も葛西さんも、 みんな必ず年を取るんですね。年を取って弱い老人にな りよたよた歩いていると、私も老人でもう既によたよたしているんですけれども、突っ張ったお兄ちゃんにぶっつかったりすると、「うざいなー、年寄りは老人ホームで寝てろ」と言われるかもしれません。でもその若者に とって、そのお年寄りは自分の未来の姿なんですね。ですからその若者は気がついていないからなんです。実は 自分と弱い赤ちゃんと老人がつながっているんですね。さっきのあんなに小さい赤ちゃんについても、僕が治療 をすると、教授なんていう偉そうな人が「仁志田くん、あんな小さい子を助けていいのかね」というので、「実は僕の孫なんですが」と冗談に嘘をつくと「あ、そうですか」となるんですね。医師でも、胎児—新生児—赤ちゃんー子供—大人、とみんな同じ命であり人間としてつながっていることに気がついていないんですよ。

そして、障害者も同じですね。どこにも障害のない人なんて誰もいないんです。残念ながら世の中では障害者と差別されることが起こっていますが、どのくらい障害があればみんなと違うのでしょう。そう考えると、私たちは障害者も含めてみんなとつながっているんです。そのように相手との連続性を思うことが、相手に対する思いやりになるのですね。そのことが、僕の「連続と不連続の思想」という考え方です。

ですから、みんなとの連続を考えることが、あたたかい心の根源なんです。みんなつながっているんです。みんな1個の受精卵から生まれて、人という体になり、胎児・新生児・子供・大人になっていくんですね。ですか ら、だれもが、かつては弱い新生児であり、やがては必ず弱い老人になっていくんです。そのようにみんな繋がっているという思いが、相手に自分を投影し、共に生きる 思いである「あたたかい心」が生まれるのです。

自己宣伝ですが、これは、私たちの「あおぞら共和国」という障害者とその家族のための一時的な休息レスパイト)のための施設です。

こんな施設です。これは、実は、9割はできているんですけれども。

ですから、赤ちゃんは何も分からないと思ったら大間 違いですね。写真のこの赤ちゃんは、生まれてまだ10 分なんですよ。あかちゃんの目を見てください。自分が 見られているのかとドッキとしませんか。あの無垢な目 で見られると、「あなたはなにか悪いことを考えてないか」 と言われているようですね。この赤ちゃんの髪の毛は濡 れていますね。あれは、産湯でなくて羊水なんです。生まれたばかりですね。赤ちゃんというのは、人類何百万 年以上の歴史の智恵「共に生きるあたたかい心」を既に持って生まれてきているんです。それを損なわないよう に私たちが育てれば、マザー・テレサに言われないようになると思うんですね。ぜひ伊東先生、よろしくお願いします。