母学トーク 子育てにおける躾とは3

赤ちゃんを知る。そして母になる。

第三回母学会議 赤ちゃんにやさしい街づくり

子育てにおける躾とは

講演
仁志田博司
(東京女子医科大学名誉教授)

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それで、この躾に関してとても良い言葉だと思うのを、 たまたま、ノーベル賞をもらった大江健三郎の本で見つ けました。大江家には、光さんという大変な障害のある子どもがご長男でいます。光さんは音楽家というか作曲 家としても、「光の音楽」というタイトルのCDでベストセラーになったのを3つぐらい出しているんですけれども、重症な障害児なんです。それで父親の大江さんが、いつも手をつないで訓練施設に連れていかないといけないんです。大江健三郎は、それを自分でやっているんです。それはどうしてかというと、光さんが生まれたとき、彼の「個人的な体験」って本に書いてあるから事実なんですけれども、光さんには頭が2つあったとかいてあるんです。頭が2つあったというのは、大きな脳ヘルニアです。そして生まれてすぐに救急で日大病院に連れていかれたのですが、そのときに担当した脳外科の先生が、こんな大きな脳ヘルニアは脳の半分以上を切っちゃうしかできないので普通は手術しないのだけれど、新進気鋭の流行作家が「私は一生、この子の手をつないで生きていきますのでおねがいします」って言ったんで手術した、って本に書いてあります。それで手術をされたんです。実際に大江健三郎は、その言葉を守って、今、もう多分、光さんは40ぐらいになっているんですけれども、ずっと一緒でした。ノーベル賞授賞式にも連れていったって聞きました。ちょっと余談ですけれども、大江健三郎がノーベル文学賞をもらったのは、僕は光さんのおかげじゃないかと思うんです。なぜかというと、大江健三郎の本をお読みになりました? 初期の本は僕は半分ぐらい読むと、もう頭の中がおかしくなるぐらい難しい本だったんです。ところが、光さんが生まれてからの本というのは、障害者に対する思いやりが文章の中にあふれているんです。多分、初期の大江健三郎の本だったらば、ノーベル賞はもらえなかったと思います。障害者の光さんが生まれて、「あたたかい心」になって、世界に通用するような著書をいっぱい書いたんで、ノーベル賞をもらったんです。それで奥さまは絵を描くんですが、そして大江健三郎と奥さんの2人で光さんの子育ての本を出したんです。本の見開きの片っぽが大江健三郎さんの文章で、 もう片っぽが奥さんの絵のスタイルの本です。それは講 談社から20年ぐらい前に出版された『恢復する家族』 という本があるので、一度ご覧になってください。その 本の中に「優情」という言葉があります。これは、どこ にでもあるような言葉に見えるでしょ? でも「優情」 は辞書にはないんですよ、「優情」というのはある作家 の造語なんだそうですけれども、大江健三郎は、その「優 情」というのをベタベタした優しさではなく、人間が生 きる上での厳しさに根差した優しさって説明しています。 大切ですね。「有情:ゆうじょう」という言葉は「ウジョ ウ」とも読みますが、ウジョウというのは、生き物がみ んな根源的に持っている相手のことをいたわる、慈しむ、 そういう心です。ところが友情(ゆうじょう)というの は、これは作り上げるものなんです。皆さんも親友がい ると思うんですけれども、もしも皆さんの親友が、いつ も借りた物は返さないとか、約束はいつも守らない、嘘 をつくとか、そんなことがあったとしたならば、どんな にとてもその人をいい人だと思っても、なかなか友情は つくることできないですよね。だから友情というのは友 と友との間の信頼や尊厳を目指した相手を思いやること なんです。ですから友情の中にも、きちんとした人間の 間の取り決めや約束ごとの基本は守んないといけないで す。ですから「優情」という言葉は、この大江健三郎が 言ったように「べたべたした優しさではなく人間が生き る上の優しさに根差した優しさ」という意味であり、正 に躾に当てはまるような気がするんですよね。