母学トーク こどもたちは未来〜保育と育児の国際動向〜2

こどもたちは未来〜保育と育児の国際動向〜

講演
小泉英明
(株式会社日立製作所名誉フェロー公益社団法人日本工学アカデミー上級副会長)

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それぞれの要素を分業で同時に処理して、早い処理スピードを担保します。それぞれの分業計算(並列分散処理)が終わったものを、今度はまた元の最初の状態にまとめ上げるのです。ですから、私たちが見ているものというのは、いったん全部ばらしちゃっている。それがどういうふうにタグ付けして、元の形に戻るのかというのはまだ全く分かっていないのです。われわれの現在の科学では皆目見当がつきません。でも、私たちの脳は実際にその処理をやっているわけです。

われわれが見ているものは、まったく同じということはなく、それぞれみんな少しずつ違うものを見ているということです。見ているものは同じでも、自分の頭の中で見えているものは、皆1人ずつ全部違っている。しかも違っている背景には、さっきお話ししたような小さい ときの環境が影響しているわけです。でも、すべてが違 うわけではないから、大体お互いの話は合うのです。

例えばですが、刀の地肌や波紋というようなものは見る人の経験によってすっかり違ってきます。刀に使う玉鋼(たまはがね)は、何重にも重ねて鍛えて行くのです が、地肌に刀鍛冶の特徴が出てきます。そこには、どの 時代のどういう刀工がその刀を打ったかというのが現れ ます。よく見える人が見ると、ほぼ確実に、年代や刀工 の名前を当てるというか、正確に述べることができます。

そのぐらい見えるようになるんですが、私なんかがいくら言われても見えて来ないのです。ここがこうなっているでしょうと、指し示されても見えないのです。そのときは本当に自分には見えていないなと実感しました。だから、われわれは同じようなものを見ていると思っても、全く見えていない。さっきの猫の話と同じです。そういうことが至る所で起こっているのだと思われます。

こういうようなばらばらに分解した内容は、われわれ は全く感じていないのです。というのは、いったん全部 ばらばらにして、再度また、全部まとめ上げて、さらに、言語表現ができる水準にまで具体化します。それをわれわれは意識の上に出して感じているんです。ですから、意識の上に上がってくるというのは、脳内の情報処理の本当に上澄みであって、意識に上らないところで、脳は大部分の情報処理をしている。ここがすごく大事なところなんです。

ですから、芸術の大切さを考える時でも、まさにそこがポイントです。そして、私たちはサイエンスを考えるときも、意識に上がったもので学ぶのが大部分です。教科書に書いてあること、それから、学校で習うこと、そのほとんどは、意識の上に現れたものであって、私たちはそれを学ぶのです。特に知育は、その上澄みだけなんです。それなのに意識下では非常にたくさんの情報処理がなされている。その見えない部分こそ、本当は学習や教育で大事な点なんです。

それでは意識下をどうやって感じるか。これはすごく大事なポイントです。芸術には、まさに直接、意識下を 感じているものがある。意識可を感じる典型的な分野だと私は考えます。

先ほどお話しした新しい非侵襲描画手法を使って観察しますと、この映像のように、視覚系は後頭部から前に 行くに従ってより高次の処理をしているんです。場所に関する情報経路というのは上のほうを通り、それが何か という情報経路は横のほうを通ります。そして脳の前部、前頭葉に達するのです。こういう脳内情報の流れも生き た人間で観察ができるようになってきました。

さっきの意識下をたとえてみますと、こんな感じなん です。氷とか氷山で見られるように、水面上にちょっと だけ出ているものが、私たちの意識上に出た情報なんで す。ところが、大部分は水面下。すなわち意識下にある。

なぜ意識下かというと、さっきお話ししたように、同時並列分散処理と言う分業処理をしているからです。纏 まって入ってきた情報を、全部ばらばらにしなくちゃいけないかというと、神経自身はコンピューターに比べて、 比較にならないほど遅い処理しかできないからです。

神経の伝達速度というのは、たかだか1秒間で100〜200メートルです。遅いものは1秒間で数センチです。 コンピューターの場合は、電線の中を情報が伝わっていくスピードは一秒間で地球7周り半、光の速度です。だから、速さから言えば、どんどん伝達できるわけです。

じゃあ、そんな数センチしか行かないようなもので、どうやって速い情報処理をするかというと、それは恐ろ しいほどの数の分業でやるしかない。この分業のメカニ ズムもまだ十分には分かっていません。どうやって間違 いなく分業ができるのかとても不思議です。このような意識下のところをどう扱うか。ここが非常に重要だし、 これからますます研究されるようになると考えています。