皆さまも耳にされたかもしれないんですけれども、国際的に大きな問題になっているのはPost-truthという ものです。Postというのは後付けのという意味なんです。Truthというのは真実なんですけれども、「後付けの真実」とでも言うべき事実に裏打ちされていない真実、ということですね。英国のEU離脱(Brexit)の際に現れた新 造語で、オックスフォードの英語辞書で、新造語のBest of the Yearになった注目すべき言葉なんです。
この言葉は、まだ日本にはあんまり入って来ていないかもしれません。例えば、英国は国民投票の結果、EUから離脱する方向にありますが、英国が離脱するよう扇動する論陣を張っていた政治家の言葉には、真実ではないものがあったのです。国民投票で大変な結果が出てしまった後に、責任を取らないで前言を翻している人も多い。でも、多くの英国民にとって、もはや後から取り返しがつきません。この時に現れた新造語です。
そういうような種類の Post-Truth や本来の Fake News (間違った情報)が今、世界に蔓延しています。米国の状況は、皆さまもよくご存じのとおりです。そういうような状況をこれから解決していくような、あるいは少しでも良い方向へ持っていくような方向性はどうしたら得られるか? 多分、どの国でももう少し客観的な、いわゆる科学的かつ論理的な議論が必要になってくる。そういう時代に入ってくるんではないかと考えています。
私は、ソニー教育財団の幼児教育支援プログラムでも、審査委員長としてのお手伝いを10数年続けております。 その中で「科学する心」という考え方、あるいは、今お話ししたような人間としてあるべき姿というのを明示し ています。科学の姿勢や考え方を学ぶことによって、事実関係をもう少し明確にしていけると感じています。こ れは、私たちの生活の全てに関係することなんです。
たとえば、発達障害児に対してさまざまな療育法があります。けれども民間の療育法というのが、科学に裏付けられたものが多いかというと、決してそうは言えないわけなんです。発達障害児の養育者(多くは母親や父親)の方々は、藁にもすがりたい気持ちの場合も、もちろんあるかもしれない。何か使えるものがあるかを必死で調べたり、実際にやってみたりということがあります。けれども、その内容を科学的に検証していく努力を怠ってしまうと、おかしなことが起こってきます。
問題をどう解決するのかということももちろん重要なんですが、そういうような「科学する心」(Scienti c Minds)を教育の根底に据えたいというのが、われわれの願いでもあります。科学というのは、何か冷たいよう な雰囲気があると思われるかもしれないんですが、本来の科学は決してそうじゃないのです。
「科学する心」として、ここに書かせていただいたものは、簡潔は5項目にまとめてあります。ノーベル賞を受賞された科学者を中心に、「科学する心」について海外の方々ともかなり議論をしました。そしてここまで削って、これでいこうということになったんです。
まず、1.自然の素晴らしさに深く感動する心、そして、好奇心。それから、2.真実を率直に認め、事実を決してごまかさない心、3.偏りや思い込みなしに率直に判断し、行動する心、4.自然の中に生かされる命を大切にする心、5.多様性を尊び相手を思いやる心。
これらを「科学する心」の構成要素として入れるべきだと私は考えています。そして、それが今回のテーマであるような温かい心を育むというのにもつながってくると考えておりまして、そういうような活動を種々の機会に試みております。
これが最後のスライドになります。あと1分でこれをお話しいたします。今日の午前中にいた子どもたちは、まだ幼く純粋ですから、こういう深いインド古来の仏教に取り入れられている温かな心を、自分たちの自然な心の中で感じていると考えています。そういうものを私は大切にしたいのです。
最初はパーリ語のメッタで見返りを期待しない、親切や慈愛、友情や親の愛に関わることです。これは漢語に慈と訳されておりまして、「慈悲喜捨」(四無量心)として伝えられておりますが、これが的確な訳かどうかが私にはよく分からない。今も、多くの仏教学者の方々と議論を続けております。
カルーナというのが他者の苦しみをわが身のことのように感じる心、それから、ムディッタは他者の幸福をわが身のことのように喜ぶ気持ちです。アペッカとか、アペクシャーと言われるものは、自己や物、人に強い執着を持たない心。いわゆる「四無量心」ですが、私はこれらをまとめて「温かな心」と言いたいと考えています。これこそ人間の尊厳そのものではないでしょうか。そして、温かな心こそ「倫理」というところにつながっていく。あるいは「倫理」そのものかもしれないと思うのです。また、現在、国際活動の中で講演させていただいているのは、特に「工学倫理」です。
そういうことで今回のお話しは、1.人間の脳の仕組みというのを理解することによって、人間自身を深く知る助けになるということ、2.その理解が、育児・保育を含む教育に役立つということ、それから、3.目の前にある手段の実現に邁進するだけではなくて、本当にわれわれは何をすべきかという目標をいつも明確に持ちながら努力したいということ。こういうことが、私自身、常々考えていることでございます。
ちょうど時間になりましたので、これで終わらせていただきます。どうもご清聴、ありがとうございました。