母学トーク 子どもの〈自己形成を育む〉保育 2

子どもの〈自己形成を育む〉保育

講演
大戸美也子
(東京女子医科大学名誉教授)

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本題に入る前に、日本の就学前の子どもたちの生活の場が今大きく変わろうとしている状況と課題について簡単に復習しておきます。就学前の子どもたちの生活の場として、幼稚園と保育園が大きな役割を果してきたことはご存じと思います。これら二大乳幼児教育・保育施設 に加えて、今年度から乳幼児の教育と保育の複合施設、「認定こども園」を含めた『子ども・子育て支援新制度』がスタートします。〈新制度の概要〉については図をご参照ください。

この図は、「認定こども園」を管轄する内閣府が作成したものですので、『認定こども園』を頂点にした乳幼児の生活を支える制度設計が示されております。しかし実際には幼稚園・保育園が量的に圧倒的多数を占めていますし、その他多様な保育の場が用意されています。

この新制度について気になる点がいくつかあり、日本保育学会などでも運営上の問題点を洗い直して『具体化 に必要とされる事項』の検討を始める準備に取掛かっているところです。ここでは、『子ども・子育て支援新制度』の抱える課題を二つだけ取り上げ、『人格形成の保育』という観点の必要をお伝えしたいと思います。

先ず第一の課題は、乳幼児の発達支援の施設の設置基準がバラバラであること。例えば幼稚園は文部省の管轄にある学校の位置づけですから教員免許証を持つ教諭が担当します。保育所は、保育士の資格、その資格獲得の方法はいろいろであってもその資格のある方々が担当します。新しく登場する『こども園』は、教員資格と保育 士の両免を取得した方たちが担当することになる一方で、 小規模保育園などについては無資格であっても担当でき るなど、働く人の条件が違っており、実は保育内容に格 差が生じているのです。

もう一つの課題は、乳幼児の教育・保育界では、その指導方針に「環境」という言葉を大切にしています。たとえば、幼稚園では、『幼稚園教育要領』のはじめに「幼稚園教育は、子どもの発達の特性を踏まえ、環境を通し て行うものであることを基本とする」と明記されていす。また、保育所における保育の内容に関する事項とこれに関連する運営事項を定めた『保育所保育指針』では、「保育所は〜子どもの状況や発達過程を踏まえ、保育所における環境を通して、養護及び教育を一体的に行なうことを特性としている」と保育所の役割を規定しています。そして、新登場の『認定こども園教育・保育要領』においても、この「環境」という言葉を多用し、「〜園児と 共によりよい教育と保育の環境を創造する」と結論づけています。施設によってこのように指導のキーワードが 異なるのです。

どの施設で暮らそうとも、子どもたちはそこで出会う「ひと・もの」を介して『感じ、考え、判断し振るまう力』を身につけていきます。どのような施設に居ても、子どもたちは自分を取り巻く世界を知る力を備えていくので すから、施設により働く人の専門性や指導のキー概念が不ぞろいということは、大きな課題ではないでしょうか?

乳幼児期の子どもたちは、非常に短期間に『感じ・考え、判断する力』を身につけていきますので、どのような施設 ・ 生活環境にあっても、これら3つの基本的な力が力強く成長するように栄養を与える、それが保育では ないかと考えます。どのような栄養が適切かを考えるのが「保育学」であり「母学」ではないかと思います。難 しいのは、子どもによっては、栄養と思って与えても、それが消化不良であったり不足したりと、いろいろ差が あることです。これが万能の栄養素と決めつけることはできませんが、子どもたちにとって実体験、本物の経験 をすることは、彼らの心に残るものがある。「感じ、考え、判断する力」を強めていることを、保育者は経験値として共有してきました。子どもの持っている力に気付いて、そしてそれが発揮できるよう直接経験の有効性を活用しようというのが、「自己形成の保育」という考えの根本にあります。

日本では、 こうした考え方による保育は個々の保育者 や園に任せられてきたようですが、ドイツでは国の方針 として、乳幼児の教育と保育にもう一つの『自己形成(Bildung)』という概念を加えて、 その指導法をいろい ろ開発しています。日本の「子ども・子育て支援新制度」 はどちらかといえば後半の『子育て支援』に力が注がれ、 前半の「こども(の発達)支援』が、必ずしも「見える 形」で進展していないような印象がありますので、 本日 はドイツの実践から学んだ『自己形成』の具体的な展開 についてお伝えし、子どもの自己形成の指導法を豊かに 開発・実践できるようにと願うものです。

それでは、『自己形成の保育』の展開を具体的に紹介しましょう。これから紹介する四つの事例は、いずれもフランクフルト市の学務課で開発したものです。最初の事例は、フランクフルト市の古い自然史博物館で行なわれたものです。この博物館は市民の自然への関心を深める社会教育の場として個人が開設した博 物館を起源としています。現在はドイツで最も「恐竜の化石」の多い自然史博物館として多くの子どもたち・市民に利用されています。この自然博物館は、1999年に「3〜6歳児を対象とする博物館案内」を始め、今日では市内の幼児のため『自己形成』学習の場として活用されています。この日は、幼児8人に大人が3人かかわって活動を展開していました。黒い服を着て立っている方がクラス担任。白い服を着ている方は専門保育者といって、化石のことに詳しい保育者です。左のしま模様の服の方は、将来この専門保育者のためのインターンです。子どもたちは、化石の展示室に入るとこんなやりとりを繰り広げます。

専門保育者「みんな、恐竜の化石を見てどんなことをか んじますか?」
子どもたち「大きい〜」「骨ばっかり」 「尾っぽが長い」
専門保育者 「生きていたときには、肉も皮膚も付いてい たの。ほら!」 といって、ミニチュアの化石の原形を見 せる。
専門保育者 「他に気付いたことなーい?」
子どもたち 「歯が大きい」、「とがっている」