母学トーク お腹の中のノイズ5

お腹の中のノイズ

講演
宮廻正明
(東京藝術大学大学院教授)

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そして、ここにあった尺八、先ほど聞きましたね。これは武満の『ノヴェンバー・ステップス』なんです。この武満徹は何を考えたのか。武満徹は両側に尺八と琵琶を置いています。先ほど尺八をお聴きになったんですが、尺八はホーホーホーと音を揺するんです。これは西洋音楽でいうと雑音のほうに入るんです。弦というのははじくが、琵琶はベンベンと押さえつけていきます。これも音楽の世界では雑音に入るわけです。ということは、武満徹は何を見せたかというと、尺八と琵琶に雑音を出させたわけです。この尺八と琵琶で雑音を出したこの音だけでない後ろ、西洋音階、これこそが美しい音楽であるということは、この雑音のないところを聴かせる。いわゆる行間を聴かせるということなんです。

この尺八と琵琶を後ろの人と演奏するということは、 非常に不可能だったんです。西洋は全く同じレベルで音 を合わせていきます。まず、ピアノがピンとして、バイ オリンがヒューと音を出します。その音に全部、音が合 わせていきます。ところが日本は、まず一番上の先生の 音を合わせる。その先生が全てなんです。だから、その 先生の音が高ければ、全体が高いところから始まります。 そして、楽器がどんどん緩んでくると、音がずっと下がっ ていきます。下がってくると後の人は全部、下げていき ます。下がっていかなきゃいけない。日本の音階は、絶 対的な音程というのは存在しない。西洋は絶対的な音階 が存在して、そこが全てなんです。そうすると、この後 ろの人たちは絶対的な音感で演奏しているわけです。と ころが、この前の2人は自分勝手に音が上がったり、要 するに深いところは音が下がってくる。そういうベンベ ン、疲れてくるとこのベンベンのやり方も、弦のこれも ずれてくるんです。そういうことは全く合わないものが ここで演奏してみせる、これが要するに不可能の中の可 能性。だから、不可能なものの中にチャンスはあるけれ ども、可能なものにはチャンスはないということになる んです。次をお願いします。

これは小泉先生からお話があった、ろう管。これ は東大の伊福部先生というのは、ろう管を研究されていて、この機械も伊福部先生が作られた機械なんです。ろう管というのはろうがありまして、それの中に傷を付けていくと、レコード盤を円柱状にしたものだと思っていただければいいんですが、ろう管をあれしてこれは作られたものなんです。この針でやる方法とレーザーでやる方法と2つありました。ところが、これはろうなので、非常に雑音がたくさん入ります。そういう意味ではここは雑音の宝庫なんです。ノイズの宝庫なんです。普通、大体9対1。もっと多い割合で雑音が入っているんです。 要するに雑音と大事な音が混在しているわけです。伊福部先生はこれをすごく苦労して、この雑音を抜くことを研究されて、その音だけを取り出す研究をされています。 それで、これはもう伊福部先生には勝てないなと思って、われわれは雑音のほうに注目しました。

それで、この雑音は、どれだけ心地いいか。でも、普通の人が聞くとこれは雑音はうるさいと聞こえるんです が、例えばこのろう管を10回聞くと、わずかに曲が聞こえてくるんです。これが100回ぐらい聞くと、人間というのは、雑音が聞こえなくて曲が聞こえてくるようになるんです。非常に面白い効果が出てくるんです。次をお願いします。

今度、1月26日4時からラボで、ろう管と邦楽の演奏会をします。それで、雑音と音が張っているのはろう 管なんです。そして、そこから音を取り出して雑音を消去するのは科学的に消去するのは雑音をろう管から、デジタルで録音をしたものを抜くんです。ところが、抜くと、の周波数、その部分の周波数が飛んでしまっちゃうんです。われわれが考えたのは、邦楽の先生と沖縄民謡の先生を連れてくれば、雑音を抜いたものができるん じゃないかと非常に安易な考え方なんですが、今回、ろう管とこれをやります。そういう意味で、物の考え方、発想を変えるということ。一番原始的に物を発想するというのは、ある意味じゃ子供の発想に近いんじゃないかなと思います。次をお願いします。

そして、このガード下。さっき言いました不快感と快感が混ざっているというのは、最初は不快感から入りま す。ガード下でゴーゴー音がするとよく寝られないという。ところが、慣れてくるとガード下の音がないと寝ら れなくなる状況が起きてきます。そういう意味じゃ、このノイズというのはある意味では非常に心地良いサイク ルを持ってくるということなんです。次をお願いします。

それで、例えば海のせせらぎ、川のせせらぎ、これは大半のノイズが張っています。でも、これが人間の心、精神的なものであり、非常に心地良く聞こえる。この揺らぎというもの、微振動の揺らぎというのはある意味ではノイズというのは宝庫である。次をお願いします。

これが、妊婦のおなかで聞こえているノイズ、きょうの最初のテーマに戻り、最初のテーマの話はたったこれだけしかありません。でも、これだけはこのノイズというものというのが、赤ちゃんの中の聞こえる音、そしてこれが今後大変な財産になる。精神安定剤になる。夜、こういうノイズをずっとかけながらすると、睡眠薬なしで寝られるようになるというのは、この一つのズーザーという音、それからそういう独特の音をする。それは、作為的に作られたものではないと思うんです。人間の力の及ばないところで作られたもの、例えばろう管の雑音 とか波の音とか風の音とかという、そういうものを取り入れることによって、要するに普通われわれが消去して しまっているものの中に非常に大きな価値がある。そういうものを取り入れることによって、われわれは精神的 な安定を得ることができる。赤ちゃんはおなかの中でこのノイズを聞いています。それが非常に安定します。じゃあ、おなかから出てきてある程度年齢がいって、もうこのノイズを聞くということを忘れてしまっている。こういうものを取り入れることによって、非常に価値があるそのもの。だから、ある意味では赤ちゃんから学ぶという。先ほど申しましたけれども、学ぶということ。これは一生、いろんなところから学ぶことができるし、いろんなところでそういう学ぶ原点はあります。

私も何年か前に幼稚園の先生を5年やりました。5年やって学んだのは、最終的には誰も言うことを聞いてくれませんでした。1人も絵を描かない幼稚園に行きました。そして、1年後には時間が1時間も2時間も延長する幼稚園になりました。子供が授業をやめないでずっと絵 を描き続けているという幼稚園に変わりました。それは何かというと、子供と一緒になって絵を描いて、ああしなさい、こうしなさいというものを描かせなくて、自由に大きな紙を与えた。そこで、絵は頭で描くんですよと 言ったら、1人の男が頭に絵の具を付けて絵を描いていました。そして、先生は「えっ」という感じで先生の強 い目線が刺さったんですけれども、その子は私の顔を見たときに「いいよね、大丈夫だよね」と言ってくれて、私が「うん」と言ったら、もうみんな、筆じゃなくて絵の具のばけつの中に足をじょぼんとつけて、隣に絵の具を飛ばす。そして1枚の絵が仕上がりました。それが、全国大会で1番になった絵なんです。

みんなで描いて、楽しかったよねとみんなが言って描いた絵というのは絵の中に楽しさがあって、それがどこに出しても勝る絵になる。これはある意味では、非常にものを作るという一つの根底で、その楽しさというものが絵から伝わってくるものというのは、見る人にも楽しく感じられる。そういう意味で、そういうものはやっぱり子供から学ぶ。そういうことが、私はすごく大事なことじゃないかなと思います。

きょうはこれで終わらせていただきます。ありがとうございました。