5 生存努力のご褒美としての快感システム

第一回母学会議

2016年10月21日(金)丸ビルホール

マザープロジェクト

おまもりうた:「誕生」

脳科学から見た芸術と倫理

基調講演

小泉英明

パネルディスカッション

「母と子の芸術」

基調講演「脳科学からみた芸術と倫理」

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5 生存努力のご褒美としての快感システム

人間の一番ベースになるところは、快と不快です。快感というのは、 すでに半世紀前に動物実験が行われています。ネズミの側坐核という、 快を感じるところに、ネズミがレバーを押すと電流が流れるという実 験が、半世紀前に行われたのです。そうすると、ネズミはとても快を 感じているようです。ネズミは話してくれないので、快感だとは言わ ないのですが、快感と見られる行動をし、そして恍惚になります。ま たその恍惚感を得たいために、またレバーを押します。これの繰り返 しです。繰り返しているうちに、極端な場合、食べ物よりも寝ること よりも魅力的ですから、レバーを押し続けて死んでしまいます。これ は、生存本能に基づかない人工的手段による快感です。麻薬やギャンブルの類です。しかし、もともとは生存に大切だから、実は快感が存 在するのです。快感というのは、私たちが生存するためにプラスにな るような行動、その羅針盤としての役目を果たしているのだと考えら れます(図4)。一方、生存にマイナスになるものに対しては、不快 となります。おいしいものを食べるということは栄養補給に重要にな りますから、生存にとても大切です。ですから快感です。でも、食べ 過ぎてしまうと、今度は快を感じません。重要ではなくなるからです。 セックスも同じことが云えます。

食べ物の中でも不快な匂いがするものを最初は避けますね。腐敗し ている可能性があるからです。人間も他の動物も、本能的にそういう ものを食べ物として取り込もうとしません。そして、「脳の報酬系」 といいますが、ご褒美のシステムとして快を感じる。ここが人間の一 番原点であって、ある意味では人間のさがです。動物の場合は訓練の 時に、必ずご褒美をあげます。そうすると、動物は言うことを聞いて くれます。その場所が、動物では脳の奥の線条体という場所であるこ とが、分かっています。報酬系の主だった脳部位の一つはここです。 線条体を構成する尾状核・被殻というところで報酬系が成り立ってい ますが、生きた人間でご褒美を感じている時の脳活動が、実際に計測 ができるようになりました。分析や計測は、私の専門分野ですが、こ のような心の計測が生きた人間で可能になったのです。

そうすると、動物の場合のご褒美は美味しい物、好きな食べ物であ り、人間はさらに、お金が手に入った時にも同じところが動くことが 分かってきました。社会から評価されると私たちは嬉しいと感じます が、それはまた同じ場所であることが最近わかってきました。この話 をあまりすると嫌われますが、勲章をもらって嬉しいと感じるところ と、動物が餌をもらって嬉しいと感じるところは同じです。これは国 のプログラムの中で、国立生理学研究所の定藤先生のグループがされ た結果ですが、これが非常に重要だと思っています。私たちが社会的 な評価を受けた時に、同じところが働きます。お金でも働きます。し かもこれは、とても新しい示唆を与えております。私たちはとても損 なことを行っても、誰かがとても喜んでくれれば嬉しくなることがあ ります。このようなことは恐らく人間だけだと思います。実際に脳を 測って見えたと考えていいと思います。私たち人間は、人のための何 かを行って、自分が損をしても喜べるという、動物にない特性を持っています。そのような心、それがまさに温かい心であって、これを育 むことが赤ちゃんを育てるときにとても大事なことだと感じております。 ここで、残念ながら付属で出てきた結果も(まだ正確には分かって おりませんが)、ご紹介します。実は自分が評価された時、特に自分 への社会的評価が非常に高かった時に、線条体が強く活性化します。 ここまでは良いのですが、同じ実験のなかで、自分の知っている人が 高く評価された時のデータが、こちらです。自分の知っている人が、 非常に高く評価されると、信号が逆向きに出てきます。他人が高く評 価されることは、時には嬉しくないのです。その人は決してそうは言 いませんが、データは正直なのでこう出てきたと推察しています。こ れが、いわゆる「Schadenfreude」(「他人の不幸は蜜の味」というよ うな影の喜び)という、やはり人間の性(さが)であります。これを きちんと研究して解決しないと、例えばいじめなどもなくなりません。 もう少しサイエンスで掘り下げないと、子どもたちの深刻な問題は解 決できない。私はそう考えております。