3 脳神経回路の情報処理は意識上だけでなく意識下が重要

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基調講演「脳科学からみた芸術と倫理」

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3 脳神経回路の情報処理は意識上だけでなく意識下が重要

それから、神経系でとても大事なことが、1つあります。赤ちゃん の子ネコにしても、我々も見るときに、線分という縦と横の線、これ を識別しているとお話しましたが、実は私たちが物を見るときには、 網膜上の画像を全部分解してしまっています。形に関係するものも、 先ほどの線分もそうですが、要素に分解されます。それから色です。 動きも、全部ばらばらにします。神経の処理速度は非常に遅いので、 伝達スピードはたかだか1秒間に100メートルぐらいです。ここにあ るコンピュータでも伝達速度は1秒間に地球7周半ですから、比較に なりません。そのような遅い神経系を使いながら、このコンピュータ よりはるかに高度な情報処理をするために、すさまじい分業を行って います。全部、ばらばらにしています。

ばらばらにしたものは、我々は感じようがありません。それは意識 下というところに入り込みます。では、私たちが意識しているもの、 これは何かというと、処理の最後にもう一度統合し、その段階で初め て意識に上ってきます。氷山のようなもので、実際に脳の中で、大部 分の処理をしているのは、この意識しない、水面下の部分です。そし て、意識に上がったところというのは、ごく一部です。これを我々は、 意識がすべてとして生活しています。学校で、知育ということが重要 視されていますが、知育というのは、みんなこの意識に上がったところです。でも、脳を育むためには、意識下の方がむしろ重要なのです が、ここのところが教育の中では、はっきりと認識されてきませんで した。まさに芸術教育はここがポイントです。そこをもう一度、考え 直す必要があると考えております。

例えば、今、秋ですが、八木重吉の詩集で、ご存知の方も多いかと 思いますが『秋の瞳』という、素晴らしく美しい詩集があります。た くさんの作曲家が曲を付けております。私も好きな詩集ですから、 ずっと細かく見ておりましたら、このようなものが入っていました。
「人を殺さば、ぐさり! と やつてみたし 人を 殺さば こころ よからん」これが『秋の瞳』の中に入っています。たまたま、この話 を NHK でしましたら、随分反響がありまして、図書館でみんな調べ たようです。この八木重吉というのは、とても敬虔なクリスチャンで 純粋な詩人でありました。しかし、八木重吉の一生を見てみれば、こ のようなことを思うのもよく分かります。あまりに純粋で、人にも何 度も騙されたと思いますが、でももちろん、実際に手をくだすことは していません。

さらに、もう1つ、意識に上がっていないということを突き詰めて いきますと、赤ちゃんは生まれたとき意識はあるのかという話になっ てきます。私たちは、生まれたての赤ちゃんの脳がどう動くか、それ が測れるような原理と装置を作りました。そして、実際に測ってみま した。なぜかというと、ここは発達心理学者の中でも異なった意見が たくさんあるからです。「タブラ・ラサ」といって、赤ちゃんの脳は 最初は白紙だと、真っ白いまっさらな紙、そこに外からいろいろな情 報が入ってくると、それを学んで書き込まれていくんだというものが あります。実際に測りました。そうすると、まっさらな紙ではありま せんでした。赤ちゃんの研究では、いろいろなことをやってきました。 この赤ちゃんの場合は、フランスで計測させていただきました。国立倫理委員会の承認を得るまで大変な思いをしましたが、結果的に成功 いたしました。赤ちゃん30人ぐらいに協力していただいて、生まれ てから3日から5日の、手の上に乗るような本当にかわいい新生児の 脳の機能を測らせていただきました。左の脳に言語野がある場合が多 いのですが、フランス語を聞いたときに、左の脳の反応が出てきます。 つまり、赤ちゃんはお腹の中で、お母さんの話していることを学んで いた可能性があります。これは更に、詳しい実験をイタリアでも行い ました。これは論文(米国科学アカデミー紀要2003)になって、出 版しております。それと赤ちゃんは、既に生まれたときからすごく勉 強をし、学習をしています。赤ちゃんは忙しいのです。新生児は、す やすや寝ているようですが、実はあの間に学習をしていることが分かっ てきています。ですから、余計なことを親が良かれと思ってさせない ことがとても重要です。